RAP NEWS

2026.6月号/Vol.281

不便の価値

最近、少し面白い変化を感じることがあります。若い世代を中心に、古いコンパクトデジカメやフィルムカメラが再び注目されています。カセットテープや紙のノート、昭和レトロな喫茶店。そんな私も20年ほど前に使っていたデジカメを復活させました。知人から、「電源を入れること、ズームを動かすこと、画質がキレイすぎないこと、その一つひとつが楽しい」という話を聞きました。スマホで撮る写真とは少し違い、「写真を撮っている」という感覚があるそうです。そんな話を聞いていたら、自分も触りたくなってしまいました。

今のスマートフォンのカメラ性能は、本当に素晴らしいと思います。気軽に撮れて、そのまま送れて、整理までしてくれる。便利さだけでいえば、完全にスマホです。「写真を撮る」という日常の中心は、一気にスマートフォンへ移り、日本のカメラメーカーの多くは、大きな変化を余儀なくされました。時代の流れとしては当然のことなのだと思います。

一方で、私の知り合いのように「効率」だけで説明できないものに対して、価値を見出そうとする人が増えているように思います。不便だけどカセットで音楽を聴く、撮った写真を現像する、持ち運びにかさばるノートを使うなど…。そんな不便さの中に、なぜか楽しさがあるようです。人は、便利になればなるほど、逆に、手触りや、時間、個性のようなものを求め始めるのかもしれません。これは、仕事でも少し似ている気がします。


最近はAIや自動化が進み、効率よくできることが当たり前の世の中になりつつあります。誰がやってもAIのいう通りにやれば、それなりの仕上がりになることが増えてきました。
私たちの仕事も、これから大きく変わっていくと思いますが、最後に残るのは、「誰に頼みたいか」なのかもしれません。少し遠回りでも、直接会って話す。少し不器用でも、自分の言葉で伝える。相手のことを考えながら、ひとつずつ積み重ねていく。効率だけで見れば、もっと早い方法があるのかもしれません。それでも人は案外、「ちゃんと向き合ってくれた」という感覚を覚えているものです。

昔はよかった、と言いたいわけではありません。便利なものは便利ですし、新しい技術には大きな可能性があります。ただ、どれだけ時代が進んでも、人が心地よいと感じるものや良い出会いだったと感じること、またお願いしたいと思う気持ちは、それほど大きく変わらないのではないでしょうか。
私の20年前のデジカメは、ラップニュース VOL.42に登場していました。性能も画質もとても低いですが、久しぶりに触ってみて、カメラの楽しさを再認識できました。時間に追われる日が続いたら、そんなものを手に取ってゆっくりしてみるのもいいものです。


2026.6月号/Vol.281号をPDFを見る